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2015年ティク・ナット・ハン来日招聘事務局

設立趣意書 & 企画趣意書

本趣意書は、以下の二つの文書によって構成されている。

 

 

 Ⅰ.【ティク・ナット・ハン2015来日招聘委員会 設立趣意書】

  Ⅱ.【ティク・ナット・ハン 2015年来日招聘 企画趣旨】

 

 

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 Ⅰ. 【ティク・ナット・ハン2015来日招聘委員会 設立趣意書】

 

 

★いま、ティク・ナット・ハン師を日本に招く意味

 

 

『忙しさは現代の病です』

━━タイ(ティク・ナット・ハン師の愛称。「先生」という意味)は、私たちにこのように言われました。

つづいて、『とりわけ「止まること」が重要な実践になります』

 

 

 今年2014年元旦のタイの法話のテーマは━━「 Stop to go further 」(先へ行くために止まりなさい)

でした。じっさい、タイがおられるプラム・ヴィレッジでは15分ごとに「気づきの鐘」が鳴り響き、そのたびごとに全員があらゆる動きを止め、一切の頭のなかでの考え事を止め、鐘の音を聴き、三度深い呼吸にたちかえります。 この一瞬の静寂の風景はたいへん美しく、私たちの胸を打ちます。

 

 ところが、私たち日本人は最初プラム・ヴィレッジで、なかなか「止まる」ことができないのです。

 タイやタイのお弟子の僧侶たちと一緒に二・三日も暮らすうち、どうやらようやく鐘の音を聴きわけて、「止まる」からだとこころが調ってくる。そんな具合です。

 

 「時間をむだにしてはいけない」「速ければ速いほどいい」━━そう教えられて私たちの多くは育ちました。何事に関してもタイムを、成績を、勝敗を、『過剰に』競い合って育ちました。そのため、私たちの社会は実に多くのストレスを抱え、将来の『幸せ』のため、『今』を犠牲にして、多くの課題を抱え込んでしまっているのではないでしょうか?

 

 それは、個人が抱える心の痛み、両親や、子供、パートナーといった身近な人間関係の間で抱える葛藤、教育現場において子供たちの抱える過剰なストレスやいじめの問題、本来、子供たちの生きる力を育むはずの先生たち自身が抱える過剰なストレスや消耗、そして、あまりに過剰な経済競争などに至るまで。

 

 内なる心を育み、自他の痛みを深く理解し、温かい思いやりの心を持つことや、その人がその人のままで輝くことは、人が「幸せ」を感じる大きな要因です。

 それなのに、スピード・効率・便利さをひたすら追求し、「幸せ」の土台をあまりにも物質主義に置きかえて走り続けてきた、この私たちの現代社会。

 

 私たちの多くは、今ここにある幸せの条件には気づきの目を向けず、ただひたすら将来のゴールとして「幸せ」を設定してきたのではないでしょうか。

 更なる安全や地位や金銭や権力を追い続け、自ら更なる苦しみを作り出している面があるのはないでしょうか。あるいは、今ここでの存在を疎かにすることに対し、あまりに大きすぎる犠牲を払っていることに気づきながらも、止まることができないでいるのが今の私たち、私たちの社会ではないでしょうか。

 

 世界屈指の経済大国でありながら、自殺大国になったこの日本では・・・・年間約3万人、一日約100人、15分に一人が自らの命を絶っていきます。

 今この時も、15分に一人━━「気づきの鐘」が鳴り続けているのです。この国でも。

 

 しかし、この鐘の音をしっかりと受け止め、あらゆる動きを止め、そのたびごとに深く三度呼吸し祈りを捧げるような「デクノボー」がいったい、どこにいるでしょうか?

 『私たちはあまりの忙しさに、自分がしていることや自分のありのままの姿を忘れてしまうことがよくあります。息をすることすら忘れている。愛する人をろくに見つめることもせず、その人が亡くなってからようやく感謝したりするようなありさまです。

 

 せっかく余暇が手に入っても、自分の心の中のできごとに触れるすべも知らず、まるでそうすれば自分から逃げられるかのように、テレビをつけたり電話をかけたり、メールを送ったり、ゲームをしたり、本を読んだりし始めるのです』(「ブッダの幸せの瞑想~マインドフルネスを生きる~」2013年)

 

 これぞまさしく、忙しすぎる私たち日本の、現状そのものではないでしょうか!

 私たちの多くは、あまりにも多くの痛みやストレスを抱え、そのため、人生を楽しむことが難しくなっています。しかし、人生はまた、太陽の光、雨、花々、緑の葉にそよぐ風、夜空の星々、赤ちゃんの目、今目の前の人に対する温かい思いやりの心のように、感嘆にも満ち溢れています。

 

 止まることを学ぶということは、今、ここにある不安、恐れ、欠乏感、怒り、絶望感といったネガティブな心の種を、マインドフルネス(気づき)のエネルギーで優しく抱擁し、理解や、思いやりを育むことなのです。マインドフルネスで育まれる内なる安定感、不安や恐れからの自由は、幸せの大切な土台です。

 

 かつてノーベル平和賞候補に名もあがった「ベトナム禅仏教の老師」ティク・ナット・ハンは、いまや、宗教の枠組みをはるかに超え出し、その言動は全世界にも影響を与える「マインドフルネスの巨人」です。

 マインドフルネスは、欧米の先端医療の現場にも取り入れられている、仏教瞑想やヨガをベースにした「ストレス低減法」として、近年たいへんに有名になりました。その影響で日本でも、マインドフルネスは急速に注目を集めだしています。

 

 ところが、タイご自身は、こうおっしゃいます。

 『日本では、マインドフルネスの考え方は決して新しいものではなく、昔からずっとありました。あなた方はただ自身に立ち戻り、あなた方の中にある、血縁と地縁でつながった祖先の智慧に触れればいいのです。仏教徒の生まれであるかどうかは関係ありません。禅は日本の文化基盤ですが、その真髄は、坐禅だけでなく生け花、茶道、書道、伝統食、武道、建築などを通して海外にもたらされ、世界の文化の向上に大きく貢献しました。健康で幸福な生き方への道を導き照らす灯に、あなた方は再び点火するだけでいいのです』(「日本のみなさんへ」2013年)

 

 マインドフルネスとは、今この瞬間に目覚めているというエネルギーです。

 たしかに、それは日本の禅仏教の真髄であったし、禅から生まれた日本伝統文化の真髄でもあったのです。

 

 たとえば「正念相続」や「一期一会」などという言葉が、それを示しているでしょう。

 

 けれども今、それら「祖先の智慧」は私たちに「健康で幸福な生き方への道を導き照らす灯」として、明るい進路を充分に活きた教えとして指し示してくれているでしょうか?

 この国の現状を見るかぎり、残念ながら、必ずしもそうとは言い切れないのではないでしょうか?

 

 一方、ベトナム戦争の激しい戦火を生き抜いたティク・ナット・ハンは、信念の反戦・平和活動を通して「エンゲイジド・ブディズム」(行動する仏教)を提唱しました。

 そこからさらに「アプライド・ブディズム」(応用仏教)へと展開していきました。

 それらの変容はベトナムからフランス、フランスからアメリカそして全世界へと、刻々と舞台を変えて広がりながら、常に私たちが生きている「いま・ここ」、この現実世界をみすえた「健康で幸福な生き方への道を導き照らす灯」の探求でした。

 

 そうして彼の「ブディズム」は西欧文化と出会うことで、しなやかに姿形を変容させながらも確実に、この現代文明の病に対する処方箋を見出してきたのです。

 この柔軟性こそ、まさに「応用仏教」たるゆえんです。近年ますます彼の「応用」は押しすすめられ、もはや「ブディズム」という名の分厚い衣さえも脱ぎ捨てんほどの勢いで、裸形の「マインドフルネス・エネルギー」へと、ますますその焦点が絞られています。

 

 『マインドフルネスは、今この瞬間に気づき目覚めているというエネルギーです。それは人生に深く触れることを、一瞬一瞬くりかえしていくプラクティス(実践/練習)です。そのためにどこか特別な場所に行く必要はありません。日常生活でいつもしていることとほぼ同じことをします。歩く、座る、働く、食べる、話す・・・・。ただし違うのは、それらをしっかりと自覚して行うのです』(「ブッダの幸せの瞑想」)

 

 温故知新。

 

 まさに真髄はそのままにして「祖先の智慧」が自在に姿形を変えながらも、私たちが生きる「いま・ここ」の日常生活と直につながり、私たちの「健康で幸福な生き方への道を導き照らす灯」となる。いまや宗教という枠組みを超えて全世界に広がりをみせはじめた「マインドフルネス」の潮流は、ティク・ナット・ハンの「応用仏教」の集大成であると同時にまた、日本の、私たち自身の、偉大な「祖先の智慧」の真髄でもあるのです。

 

 私たちも、ティク・ナット・ハンのひそみに習いつつ、「古きを温め、新しきを知る」━━このしなやかな柔軟性を、硬直しかけている私たちの身心にいま一度、取り戻したい。心から、そう願うのです。

 

 そこでこのたび、私たちは御年88歳になられるティク・ナット・ハン師を、フランスのプラム・ヴィレッジより日本が誇る世界文化遺産・富士山へとお招きし、そこで私たちの偉大な「祖先の智慧」である「マインドフルネス」を学ぶという、二週間におよぶ「ティク・ナット・ハン来日ツアー」を企画し、実現させたく思います。

 

 そのために、ティク・ナット・ハン師の本拠地プラム・ヴィレッジで学んだ者らを中心に、日本国内でプラム・ヴィレッジ方式の瞑想実践活動をつづけてきた仲間たちを結集し、ここに「ティク・ナット・ハン2015来日招聘委員会」を設立することといたしました。

 

 以下に、この企画全体を貫く「趣旨」を、詳しく五項目に分けて、概説いたします。

 

 「趣旨」は同時に、いま現在のティク・ナット・ハン師の思想全体の概説ともなっています。

 私たちはこの「趣旨」に沿い、この「趣旨」の示す方向性を見据えて、当企画を運営していきます。

 当企画が単なる一過性のイベントに終わるのではなく、その後も日本において「真の絆と平和を築くため」の礎となるべく、努力していく所存です。

 

 なお、以下の「企画趣旨」の文章は、すべてティク・ナット・ハン師の言葉によって構成いたしました。

 

 

Ⅱ. 【ティク・ナット・ハン 2015年来日招聘 企画趣旨】

 

(ティク・ナット・ハン師の思想)

 

目次

1 マインドフルネスの現代的意義 ~止まること~

2 マインドフルネス瞑想とは何か ~呼吸への気づき~

3 マインドフルネス瞑想の活用 ~いま・ここを生きる智慧~

4 人間関係とコミュニティの実践 ~サンガ=コミュニティの実現~

5 真の絆と平和を築くために ~私たち一人ひとりの課題~ マインドフルネスの現代的意義 ~止まること~

 

 

 忙しさは現代の病です。

 故トーマス・マートン神父の言葉を借りれば、次のようになります。

 『現代にまん延する暴力の形は、アクティビズム(積極行動主義)とオーバーワーク(過労)である。現代生活のあわただしさとプレッシャーは、暴力の本質が最もありふれた形をとってあらわれたものであろう』

 

 「時間をむだにしてはいけない」と私たちは教えられてきました。

 「もっと達成し、さらに結果を出せ」「速ければ速いほど、いい」と。

 

 更なる効率・便利さを求め、精神を物質主義に置きかえてきた私たちの現代社会は、ただの亡霊にすぎない安全や地位や金銭や権力を「幸福」と呼んで追い続け、あまりに大きすぎる犠牲を払ってきました。

 いま日本では毎年たくさんの人々が、学校でのいじめ、うつ、ストレスなどが原因で自らの命を絶っています。日本だけでなく世界全体が、現在を犠牲にして遠い未来の亡霊を追い求めることを止めて、この瞬間の中に目覚めなければなりません。

 

 未来は、現在から作られます。

 

 美しい未来を確実にする最良の方法は、「いま」という瞬間を美しく生きること。

 「いま」「ここ」に生きていることの奇跡を楽しむことです。

 そのために必要なのは、ほんの少しの時間と、マインドフルネスだけです。

 マインドフルネス瞑想とは何か ~呼吸への気づき~ マインドフルネスは、今この瞬間に気づき目覚めているというエネルギーです。それは人生に深く触れることを、一瞬一瞬くりかえしていくプラクティス(実践/練習)です。

 

 そのためにどこか特別な場所に行く必要はありません。

 

 日常生活でいつもしていることとほぼ同じことをします。歩く、座る、働く、食べる、話す・・・・。

 ただし違うのは、それらをしっかりと自覚して行うのです。

 

 マインドフルネスの極意は、呼吸に気づくことです。

 ブッダはマインドフルネスこそが幸せと喜びの源であると説きました。

 マインドフルネスの種は一人ひとりの中にありますが、だれもがたいてい水やりを忘れています。

 私たちは日常的に呼吸しながら、呼吸していること自体を忘れているのです。

 この状態を、漢字(中国語)で「忙」━━心の死と書きます。

 

 それとは反対に、自分の吸う息と吐く息に意識を向けていくことが、「マインドフルネス瞑想」の基礎となります。これを「マインドフルな呼吸」とか「意識的な呼吸」ともいいます。

 忙しい日常生活では、私たちの体と心はまとまりを欠いてばらばら状態になっています。

 そこで、吸う息と吐く息に気持ちを集中させると、心は体に戻ってきます。

 にわかに自分がどこにいるかに気がついて、心が「今、ここ」にしっかりと落ちつくのです。

 

 このように呼吸を通して心と体がひとつになるとき、私たちは、いのちを吹き返します。

 「忙」に対して、マインドフルネスは漢字(中国語)で「念」━━心が今にある、と書きます。

 

 マインドフルネス瞑想の活用 ~いま・ここを生きる智慧~ マインドフルネスはサンスクリット語では「スムリティ」(「念」=気づき)といいます。マインドフルネス(念)を実践すると「サマディ」(「三昧」=集中)が可能になり、そこから「プラジュニャー」(「智慧」=ひらめき)が生まれます。

 マインドフルネス瞑想から得られる深い洞察の智慧は、私たちを怖れや、不安や、怒りから解放し、本当の幸せ・喜びをもたらしてくれます。

 

 マインドフルネス瞑想は、何気ない、一輪の花のようなごくシンプルなものを使っても行うことができます。その花を手にのせて、まず花に「気づき」ます。吸う息と吐く息が、「気づき」(念)を保つことを支えてくれます。さまざまな雑念に飲みこまれないように、花の美しさを深く観て、呼吸しながら、じっくり花を味わい楽しむ自分を保ちつづけます。

 

 そうすると花に対する「集中」(三昧)そのものが、深い喜びと幸せの源に変容します。「息を吸いながら 美しい花に気づく/息を吐きながら 美しい花にほほえむ」 太陽の光、青空、秋の落ち葉――いのちの不思議はあなたを取りまいています。吸う息と吐く息に意識を向けて、今この瞬間に戻り、あなたの中やまわりにあるいのちの力――癒し、元気づけ、養う力――にしっかりと触れるのは、とても大切なことです。

 

 人生の恵みを本当に味わいたいならば、生活のさまざまな場面でマインドフルネス瞑想を活用しましょう。 歯をみがきながら、朝食を作りながら、車を運転しながら、仕事に向かう途中で、この一歩、この一呼吸、この一口、この一噛みが、喜びと幸せを招き寄せる大きなチャンスへと変容します。

 マインドフルネスを生かせば、自分の中に喜びと幸せを保つことが可能となり、人生の荒波や奔流にもっとうまく対処できるようになるでしょう。

 自分の中に慈しみと自由と平和のいしずえ=「内なる島」をつくるのです。 人間関係とコミュニティの実践 ~サンガ=コミュニティの実現~ マインドフルネスを実践すると、他の人たちとのつながりが見えてきます。

 

 自分が充実して実践し、他の人を支えるためにも、コミュニティ(共同体)は必要です。

 仏教では修行・実践のコミュニティを「サンガ」と呼びます。

 ブッダのもとには僧、尼僧、在家男性、在家女性からなるサンガ=コミュニティがありました。

 

 ブッダの重要な教えのひとつである「インタービーング」(相即)は、「あらゆるものはそれ以外のものからつくられている」という深い洞察の智慧です。

 ひとりの人を深く観ると、その中に宇宙全体とすべての祖先――が観えます。

 私たちが存在する以前から存在してきた空気や水、喜びや悲しみ、数々の旅路――が観えてきます。

 

 「在る(be)」ということの本当の意味は「存在しあう(inter-be)」ことなのです。

 花がそこに在るために日の光や雲や大地を必要としているように、私たちはおたがいにかかわりあっています。何ひとつとして孤立しているものはありません。

 

 このようなインタービーングの本質を理解して、事物をより深く観ることを学べば、苦しみははるかに少なくなり、コミュニティに参加することの重要性もわかるでしょう。

 社会における私たちの苦しみの多くは、おたがいのつながりが切れてしまったと感じることから生じます。 身近に暮らす人たち――近所の人や職場の同僚、家族とさえも、本当のつながりを感じられないことがよくあります。それぞれがばらばらに生きていて、コミュニティの支えから切り離されているのです。

 

 サンガ=コミュニティとともにあることが、「孤立している、分離している」という感情を癒してくれます。サンガを大切にすれば、「分離して孤立した自分」という思い込みを手放すことができるようになります。サンガでは一緒にプラクティスし、隣り合って食事し、食器を洗います。他の人たちと日常の実践をともにするだけでも、人に対する慈しみと受容をはっきりと感じることができます。

 

 サンガはさまざまな木が生え、花が咲き乱れる庭のようなものです。

 人も自分も庭に咲くただひとつの美しい花だと思えるなら、人と人は理解しあい、愛しあうことができるようになります。

 

 マインドフルネスの実践は、サンガ=コミュニティで行うことによってさらに深まり、くつろいで安定した、より楽しいものになっていくのです。

 真の絆と平和を築くために ~私たち一人ひとりの課題~ このようなポジティブな習慣のエネルギーを持続し、安定させて、新しい生き方を続けていくためにも、やはり同じ道を歩む善き友のコミュニティの支えは大切です。もしあなたが今家族や親しい友人たちと暮らしているなら、そこがよいスタート地点です。

 

 家族や友人はあなたのサンガになり得ます。あるいは職場の同僚と一緒に慈しみと理解を実行し、たがいを敬愛する仲間として見るならば、「職場のサンガ」を実践することもできます。

 隣近所、地方自治体もまたサンガにできます。深く聴き、愛をもって話す極意を知っているならば、国会さえもサンガにすることができるでしょう。

 

 ただし、そのサンガ=コミュニティ作りは、何よりもまず、あなた自身から始まります。

 他でもないあなたこそが、六十兆の細胞と五蘊(色受想行識)のサンガ=コミュニティなのです。

 

 「マインドフルな呼吸」によって、あなたのからだの中の細胞がすべて調和して働き、心と体がひとつになれば、あなた自身が善きいしずえ=「内なる島」となって、そこから家族や友人たちの間に調和が生まれます。その家族に調和があれば、近隣、学校、職場、広くは社会全体に調和がもたらされます。3・11後の日本では、「絆」を作ろうとさかんに言われましたが、生きることにマインドフルネスを取り入れれば、真の絆をつくることができます。 平和はあなたの美しいほほえみから始まります。